…って言えば母親の葬式を思い出します。
私、当時家出をしてたんですけど母の死を聞いて帰宅したんですよ。
で、父方の親戚に責められた22歳の冬。
私が家出を決意した遠因はこの「父方の親戚」だったので
ある意味これが最初の修羅場でしょうね。
親戚が何を言っても自分の人生には関係ないと思ってたのでスルーしてましたが
さすがに父親に「何もしてくれない」「役に立たない」と罵られた時は
「こりゃダメだw」って思いましたよw
親子の関係って「役にたつ」とかそういう尺度なんだ…。
親戚5人と22の小娘の会話はもう軍法会議の様相ですねw
それに同意する父親を見て「修復を望めない」と悟りましたよw
私が家を出た最大の理由は「父親と人間関係を形成できないと思った」から。
何があっても守って欲しいとか思わないけど
酔った勢いで包丁持ち出す父親と一緒に暮らせないと思った。
年頃になって「結婚」って単語が身近に感じてきた時に
将来の結婚相手に害を成すのが父親なら不要と思ったんで
兄弟姉妹が居ない自分にとって家出の敷居は低かったですねw
こんなんじゃ修羅場とは言えないのでこれをベースとして葬式時の修羅場を。
母が死ぬ半年前に父には外に女の人がいたんですね。
正直「これで父親の面倒押し付けられる人ができた」って喜んだのは内緒w
この女の人が家出娘に対抗する以上のDQNババアでした。
父親にとっては「支えになる人」でしょうからそれはいい。
葬式での席順。一応喪主が初めでそれから家族、親族…ってなるんですけど
父にとっての「支えとなる女性」は
父(喪主)、娘(私)、愛人(父の)、叔母(母の妹)…。
修羅場ちゅーか絶句した。自ら進んでその席につきやがった。
通夜が終わった後は従姉妹達が帰り(つか父方の親戚は来るなって思ったw)
つるし上げメンバーとの一夜。
まず喪主が外に飲みに行く。
愛人が私に絡む。私もいい加減ささくれてるから言い返す。
親戚のおじさんがひっぱたかなかったら多分愛人に刺されてたなw
そりゃもう賑やかな通夜でしたよ?
父親が自分の妻が死んだっちゅーに外に飲みに行った非常識さと
愛人が葬式での席で全く遠慮しなかった事。
むしろ私に積極的に絡んだのを見た親戚は
最後には私が家を出た事を物凄く納得して下さいましたw
母親の最期に何も出来なかった私ですが
10年も病気で苦しんでいたので解放されて良かったと思ってます。
母を捨てずに経済的に頑張った父を尊敬していたけれども
この葬式の一件で「二度と家には帰らない」と誓ったw
「私は至らない娘です。何を言われても言い返せません。
なので再婚したかったらいつでも再婚して下さい。私に反対する理由はありません」
と宣言して告別式を後にしました。
七七忌に出席し、その年の秋の祖父の葬式で会ってからもう会っていません。
そりゃそうでしょう。私がどんなにDQNな家出娘だからって
娘と同じ名前で愛人(しかも本名は別で改名希望してる)を呼ぶ男を
父親と呼べるわけないし会いたいワケないでしょうw
「漢字は違うのよ」っていうけどそういう問題かよ?
普通に娘と同じ名前(通称)で愛人を呼ぶ父はもう父じゃなかったな…。
もうあれから結構な月日がたっていて暴力的な事はハッキリ覚えてないけど
「修羅場の始まりは結構静かなもんだな…」っていうのは覚えてます。
http://article070204.arekao.jp/